ルルのエッセイ


by rurucafe

遠くの風景

祖母が亡くなったことで、本当に久しぶりに祖父母の住む土地、母親の故郷に行って来ました。

数年前から病気を患い、そのときから少し「元気なうちに会えるかな」と不安になっていましたが、結局日々の忙しさに紛れて足を運ぶことが出来ませんでした。
一番最後に会った記憶は5年ほど前のこと。
その時には祖父母とも、少しの老いは加算されていたものの、記憶の中の「おじいちゃん、おばあちゃん」でした。
話をし、共にご飯を食べ、そしておじいちゃんと笑いながらお酒を飲みました。

ただ、年月は残酷なもので、久しぶりに会った祖母とはもう話すことも目を合わすことすらできず、祖父はワタシの顔を思い出すのに時間がかかるようになっていました。
名前もときおり、母親の名前になってしまいます。前日に思い出してくれても、翌日にはまた元通りという状態でした。

その状況に、本当に長年連れ添った妻の死を受け入れているのかどうか不安になっていましたが、通夜や告別式の合間に見せる悲しそうな横顔には、しっかりと連れ合いを亡くした哀しさが刻まれているようでした。

病院で看取ったときには、「先に行っとってね。後から行くけんね」と話しかけていたらしいおじいちゃん。
棺に入れるため・・・とみんなで書いた寄せ書きには「長い間ありがとう」と年賀状で毎年見た見慣れたおじいちゃんの筆跡がありました。

長い間なんてひとくちで言うけれど、20歳くらいから一緒にいたとしても、もう60数年。同じ土地で2人で片寄せ合って頑張ってきた2人。
けんかもしていたし、家のことは何もしないおじいちゃんに腹を立ててた回数は百回と言っても足りないかもしれない。

でも思い出すのは、おじいちゃんの隣でさも楽しそうに笑っているおばあちゃんの笑顔でした。
幼い頃はそれこそ毎年母親と訪れていた土地で思い出すのは、遠いところに嫁にやった娘を歓迎し、その孫にも愛情を注いでくれた2人の姿。

母親の好物を、「スーパーに置いてなかったから」とひょいとバスに乗って遠くの町まで買いにいったおばあちゃんの姿。

いつでもそこに行けば、その笑顔に会えると思っていたけれど、当たり前に過ぎてしまう人とのつながり。
寂しいことに、晩年のおばあちゃんの写真を見てもあまりピンと来ませんでした。ワタシの中のおばあちゃんは、小さな体に大きな笑いを潜ませているほがらかな女性でした。

時折母親と、「ばあちゃんが、あったかい下着が欲しいんだってー」とか「ちょっと品の良い羽織ものが欲しいんだってー」の言葉に、デパートに買い物に行きました。
時には面倒くさがるワタシに母は「いつ入院してもいいようにって、新品のパジャマや下着やらをスーツケースに詰めて置いときたいって言うのよ、何か切ないじゃない」と言いました。
まさか、そんな日が来るとは現実的には考えられなかった時代だったけど、そうだよな、おじいちゃんおばあちゃんもいつかはこの世からいなくなってしまうんだよな・・・とやけに寂しく胸に迫ってきたのを思い出す。
もうそんなふうに買い物に行くこともないのだな・・・ちょっと拍子抜けた気持ちがわき上がる。

最後に、棺にふたをされる前におばあちゃんの額に手を当ててみました。
とても冷たかった。骨はしっかりと手を押し返してくれたけれど、体温はなくて「ああ、ばあちゃんはここにはいないんだな」と思った。

心配しないでね、ばあちゃん。どうしてか、そう思った。けど、自分が心配しなくていい状況なのかどうかはわからなかった。
どうやったら、先に行く人たちが心配しなくなるのかもわからなかった。

ただ、じいちゃんと会って昔みたいに話が出来て、お酒を一緒に飲んだことはとても嬉しかった。
ありがとう。ばあちゃん。またね。また会おうね。

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by rurucafe | 2011-01-16 12:45 | エコトバ