ルルのエッセイ


by rurucafe

カテゴリ:エッセイ( 51 )

バクハツ

食べ物にすごくこだわりがある人は、脳の一部(右脳だったかな)が損傷している可能性が高いという話をテレビで聴いた。

本当?そんしょうしているの?
こだわりが強いつもりは全くないのだけれど、お知り合いの人からよく「食べる事に対する強いエネルギーを感じる」と言われる。

確かに食べるのは好きなのだけれど、お腹いっぱい食べるとダメと言われたり、肉食バンザイで魚や野菜は少なめでという人が長生きだったり(意外に近しい人だったり)、やっぱりそれぞれの「いい塩梅」を見つけられることがいいのかなと思う。自分に合った食材、食べ方をわかっている人と言えばいいのか。

結局のところ、信じ過ぎずに疑ってみることが必要なのかもしれない。

このブログも久しぶりに動かしてみました。それにしても、ブログもツールとしてはおなじみになってきて、とくに気負いなく続けられるものになってしまいました。自分が若いときには、こんなふうにみんなが写真や言葉を発信するようになるだなんて、想像もしていなかったな。
もしかしたら、「発信する」と考えたときに自分が一番書きやすかったのが「食」だったかもしれない。それでここまで続いたのかも。他にも色々興味のあることはたくさんあるけれど、食べる事ってとてもシンプルで分かりやすいですもんね。

その昔、よく友達と集まって(大抵誰かの家で、その誰かは固定化していく傾向にあった)お菓子をてんこ盛りそれぞれ買ってきて、もりもり食べて写真撮りまくったりするということをしていました。中学生くらいが全盛だったな。
お気に入りの洋服を着て、大好きなお菓子を買って(あの頃はなぜかミスターイトウのバタークッキーが外せなかった。今もあるのかしら)、あーでもないこーでもないと語り合う。好きな子の話とか、キャーキャー言いながら楽しかったなぁ。今となっては、お酒もなくてよくあそこまで盛り上がれたものだと思う。
そして、こともあろうかそういう楽しい会に食いしん坊は食べ過ぎで(笑)しばらく動けなかったことがありました。
お菓子って急いで食べて、後からお腹がぷーっと膨れてくることありませんでした?何度やっても学ばない自分なのでした。(食べ過ぎて苦しかった経験は一度や二度ではなく)
ただし、今よりも食欲旺盛、胃袋も丈夫でした。若さゆえ。なのでどんどん入ってしまうのですね。今ならばもっと違うものをお腹いっぱい食べたかもしれないなと懐かしんだりして。

最近食べたいものは、ナッツがいっぱいのタルトとか、すごく美味しくて一粒で満足しちゃう高級チョコレートとか。涼しくなると、アイスに取って代わってそういうのが食べたくなります。
いや、お菓子業界の戦略にまんまと乗せられているのか。


曼珠沙華、彼岸花。ぽつぽつと赤色を見せるこの花は見れば見るほど不思議な形をしていますねぇ。
秋だ、羊雲にチョコレートソースつけて食べたい。彼岸花は、ちょっと苦そう。
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by rurucafe | 2014-09-24 23:50 | エッセイ

ちいさい

最近頭痛がする・・・何だかイライラする・・・ホルモンバランス悪いのか?それとも自分が悪いのか。

どうでもいいことでイラつく。心が狭い。

別に自分がイライラしなくてもいいことでムカムカする。

それがイガイガ、針となってまわりを攻撃する。

この循環。いかん。
そろそろ終わりにしないといかん。

気分転換できているうちはいい。
でも気分転換をかなり積極的に探しまくり、それに時間が取られ、時間が無くなりイライラする。

それは気分転換ではない。
イライラ探し。

みんなどうやってうまくやっているのかな。
人間不完全な自分には、どうしてもうまくできません。

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by rurucafe | 2012-10-16 20:44 | エッセイ

きょうだい関係

先日、とある方が弟を前にして言う。
「突然電話がかかってきて、困ったことになったからちょっと来てって言うじゃない。もう車飛ばして家に行ったら警察より私のほうが先に着いてたわよ」
60を過ぎた、姉と弟の話。隣の市に住むお姉さんが、トラブルに巻き込まれた弟のところに駆けつける必死な姿が目に浮かぶ。
すごく近くなくても、駆けつけられる距離に住むお姉さん、きっと頼りになるのだろうな。

ワタシも姉なので何となくわかる。その飛ばしちゃう気持ち。

年の離れた弟は昔から遊び相手にしたり、からかったり、時には宿題やってあげたり、叱咤激励したり、いろいろやってたなぁ。

最近見ているドラマで、1人暮らしの弟をやたらに心配して世話をやきたがる母親と姉が出てくる。弟は父親の死のトラウマもあって、そんな女たちが憎らしくて鬱陶しい。弟は言う「ぼくは母親や姉さんのおもちゃにされたんだ」うーん、言い得て妙。いや、ちょっとは反論はしたくなってしまうけれど、でも母親と姉にとっての弟ってそういう存在なのかなと思う。

宿題やってあげるなんて言いながら、その年齢じゃ描けないだろう発想でポスター描いちゃったり、テストでいい点取らせてあげると言っては眠そうな目を無理矢理こじ開けたり・・・弟にしたらいい迷惑だったかもしれない。

今となっては、そんなこと忘れているのかもしれないし、そんな女が憎らしいゆえに浮いた話に縁がないのかもしれないし、面と向かって聞くことはないのかもしれないけれど、でも「きょうだい」という仲はほとほと不思議な距離だなぁと思う。
すごい素晴らしいものだ!などと胸を張って言えるほどに、良さを噛み締めているわけではないけれど、何となく最後の砦みたいな、何か放っといて文句言うくせに見られずにはいられない、そんな存在なのかもしれないな。
親子のような無償の愛とかそういう感じではなくて、時に嫉妬したり、時に羨ましかったり、時に優しかったり、切っても切れないだろう近しい年齢の人って友達とも違う別のテーブルにのっている気がします。

いつも気にしてるわけでもないし、努めて連絡取ろうとか思わない、たまに会えば「おう」なんて言うし、でもやっぱりちょっとは近況が気になる。
不思議な力があって相手のことはわかる、なんてファンタジーな仲ではないけれど、何となく気にかけて頼りにしてくれたらいいな、と思う。

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by rurucafe | 2012-06-04 23:00 | エッセイ

どこに行くの

祖父が亡くなりました。

去年の始めに祖母がなくなったので、本当に「追いかける」みたいな形になってしまいました。気丈で昔気質の祖父。おばあちゃんが一番の話し相手だったのかな。妻を亡くしてからは頻繁に、近くに住む家族にずいぶん電話をかけたり、来いと行ったりしていたようだけれど、隣にいた存在を埋めるものは結局無かったのかもしれないな。

散歩が好きで、散歩のついでに寄る立ち飲み屋が好きで、肌の色つやが良かった祖父。通夜でも葬式でもみんなの口から出るのは、酒に関する祖父の逸話ばかりでした。
祖母の通夜と葬式には、気丈に出席する祖父の姿があり、みんなが足の悪い祖父を気遣いながら全てをこなしていたので、寂しさよりは祖父を心配する気持ちのほうが大きかったように思えます。
でも、その祖父の姿がまだ鮮明に思い浮かぶのに、祖父の顔はまるで寝ているみたいに穏やかなのに、寂しさとか虚しさとかいろんな気持ちが渦巻いて、祖母のときより涙が出てきて仕方なかった。

ついに、ついに、祖父母とも別の世界に旅立ってしまった。
あの世で会っているのかなと言いながらも、本当に人は命を終えてしまった後にどこに行ってしまうのだろうかとしみじみ考えた。

小さな頃からおしゃべりだった私は、遠くに住む祖父母によく手紙を書いていました。
祖父が少し名前の引き出しがあやしくなり始めてからはとんと書いていなかったから、じいちゃんとそしてばあちゃんに宛てて最後の手紙を書きました。

もうじいちゃんばあちゃんへと長崎に手紙を出す事はないのだ。年賀状に私の名前をしたためてくれる人が1人減ってしまったのだ。その寂しさはあります。
だから、普段書いているような近況報告と、普段は書かないような気持ちもしたためて最後じいちゃんに渡しました。
読んでくれたかなぁ。

見送るときも、見送った後も、お酒を飲みました。祖母の葬式の後、みんなで囲んだ食事の席でじいちゃんが一番気にしてくれていたことが「おお、飲んどるか?お酒あるか?」だったから。

このお酒好きはじいちゃんから受け取ったもの。そして高い笑い声はばあちゃんから。
その2つは今の私をとても助けてくれているよ。
ありがとう、じいちゃん、ばあちゃん。

空々しいことは言わないけれど、でもまたこれからちゃんと生きていこうとちょっと思った。
命を見送るということは、本当に大切で哀しくて大きな重い儀式なのだと、思う。

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by rurucafe | 2012-05-02 23:00 | エッセイ

いのちのリレー

少し前から体調を崩していた祖父が亡くなりました。

遠くの土地に住む祖父ですので、日々交流があったかと言えばそうではありません。
前回会ったのは、祖母のお葬式の時でした。

少し寂しそうにしていたけれど、お酒を注いでくれたり、隣でご飯食べたり、入所しているホームに遊びに行ったり、今思えば貴重な時間を過ごせました。
寂しくなっちゃったんだなぁ。そんなに早くおばあちゃんに会いに行かなくてもいいのに。

遠くに住むからこそ手紙をよく書いていましたが、ここ最近ではすっかり筆無精になり、前回会ったときも私の名前を思い出すのに少し時間を要したりしていたので、何となくそういう気持ちになれないでいました。

今思えばもうちょっと手紙でも何でも書けば良かったかもしれないし、そんなことしても何も変わらなかったかもしれない。
複雑な思いです。

何も出来ないけれど、何も出来なかったけれど、駆けつけてきちんとお別れをしたいと思います。
それが残されたものの務めだと信じて。
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by rurucafe | 2012-04-29 14:00 | エッセイ

決意

哀しいときに涙を流す

寂しいときに手を差し出す

楽しいときに思い切り両手を伸ばす

案外できていなかったなと思う

これからは、もちょっとだけ、ちょっとだけ
出して行こうと思う

どんどん溢れていこうと思う
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by rurucafe | 2012-01-08 11:22 | エッセイ

ありがとう

今年はあまりこちらのブログを更新できなくてすみませんでした。

ワタシは来年は詩人LULUとして活動していきたいと思います。
笑ってください。
笑わないでください。

ワタシは、自分の思う表現の仕方で、今感じていること全てを伝えたいと思います。

では皆様良いお年を!!!

来年が素晴らしい年になることを祈ります。
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by rurucafe | 2011-12-31 19:44 | エッセイ

へぇ

まぁいいじゃん。

そんなに責めないでよ。

知らないモノ同士。
もうちょっと思いやろうよ。

どちらの言う事もわかるんだけどね。
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by rurucafe | 2011-11-28 22:47 | エッセイ

ってやつは

祖父が入院した。

最近こういう話題多いなぁ・・・そういう年齢ということですよね。自分が。

祖父はちょこまか動く人ではありますが、最近では杖を愛用していました。
ある日、庭で転んでしまったらしく、しばらく動けなかったみたいなのですが、どうやらその時に骨を折ってしまったみたいなんです。でも頑として医者に行くことを拒んで「しばらく横になってれば治る」と言い張って、しばらくの時間祖母と言い合ったとか。
ようやく救急車を呼んだときには、転んでから実に五時間ほど経っていたらしく、そのまま絶対安静のしばらく入院を余儀なくされました。

頑固というのか、過信というのか・・・話を聞いてぞっとする。
歳も歳なので、あちこち痛いとか悪いとかで医者に通ったり、マッサージに行ったりするのが常なのだけれど、嫌だったのかなぁ・・・病院。転んだくらいで救急車呼べるか!なんて思ったのかなぁ。

ずいぶん前に心臓を悪くして、でも食欲旺盛で目力もある、非常に元気な祖父です。
祖母もグランドゴルフなんかをやっていて、夫婦2人喧嘩しながら、60過ぎた息子たちの世話を焼くような自立した生活をしていたのに。

心配していたけれど、本日顔を見たら色つやも良くて、ちょっと弱気な発言をしていたけれど、口数の多いいつもの祖父でちょっと安心。

ただ、「おかた(奥様である祖母のことをこう呼ぶ。おかあさんの変形かな)が一人だとあんまり大した食事作らんとか言ってるから、俺が帰らなければ、あっちも元気なくなる」とか「人に迷惑かけて!と散々怒られた」とかいろいろ言ってた。聞けば、庭の草がちょっと生えたから気になって取っていたところ、起き上がるときに無理な体勢になって尻もちをついてしまったとのこと。そこからどさっと転んで、骨を痛めたらしい。
掃除好きな祖父らしい・・・けど、やっぱり気をつけなきゃだったよね。じいちゃん。

その後で、祖母とも話をした。
「私が行くと、まだ動けないのに杖を持ってこい、スリッパはあそこにあるからとうるさいのよ。持っていかないと、何で持ってこないんだ、トイレにも行けないと怒るんだよ。動けないのにねぇ」と困り顔。「言い争いになるから、見舞いに行ってもさっさと帰ってくるんだよ」と。
普段は祖母のほうが歳が上ということもあってかかあ天下な夫婦なのに、昔の人なのかやっぱりいざとなったら祖父のほうが上をいくらしい。
ただ、「いろいろ言ってたら、じいちゃんが、何で草むしりなんてしたのかなぁ、じっとテレビでも見てれば良かったなぁと涙ぐむんだよ、慌てちゃってねぇ」と言っていた。
そして「退院しても歩くのが難しいかもしれないねぇ」とため息とともに、ちょっと寂しそう。

祖父は祖父で「すぐに帰る。早く退院しないと」と言う。「おかたには感謝しとる。あんなに元気で仕事頑張ってくれたから」と少し前にたたんだ会社に想いを馳せる。

あっちこちで、お互いに強いこと言いながらも、何だかおかしな夫婦だなぁと思った。

でも、こういうのが夫婦って言うんだろうな〜と思った。
2人向き合わないで、外にいっちゃうかんじ。
でもなーんかちゃんと一緒にいる感じ。

離れて、やっぱり寂しいよねぇ。

「お前はまだ母さんがいるんだから、大事にしないといけないよ」

はい、じいちゃん。わかってるよ。
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by rurucafe | 2011-04-21 23:11 | エッセイ

何のために撮るのか

つい先日おもむいた場所で「撮影は構わないですが、ブログに掲載するのはご遠慮願っています」と言われ、ちょっとたじろぎました。

今では飲食店でカメラを向けることに抵抗が薄れてきて、時々店主に了解を得るのも忘れてしまったりします。たいてい、過去にどこかのブログに掲載されているのを目にしていたり、お店の雰囲気で撮ってもいいかなと判断していたりして、ひょっとしてご迷惑に思われている方もいらっしゃるかも。


ただ、真正面から断られてちょっとひるんだのもありますが、いつもより撮影枚数が控えめでした。

昔ならこんなことなかったな。
例えば、誰かに渡そうと思って撮る、記念だから撮る、撮りたいと思えるような風景や構図だから撮る、そんな気持ちでカメラを握っていたように思う。

今は、撮るときにちょっと考えてしまう。こんなふうにブログに載せよう。こんなふうに言葉を選ぼう。


そして、素敵な風景もいつかはブログで使えるかも・・・と心のどこかで思ってしまう。
だからこそ、ブログ掲載を断れてしまった以上、撮影をして自分のパソコン内に保存しておくと、いつかどこかで使ってしまうかもしれないという危惧もあって躊躇してしまったということもある。

ただ、つまらない写真人生になってしまったのではないか。
ブログに操作されているのではないか・・・という苦々しい想いが残る。

書くのは楽しいし、やめようとは思わないけれど、趣味であるカメラの純粋な領域を侵さないように意識しなければいけないのかなと思う。

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by rurucafe | 2011-02-20 23:42 | エッセイ