ルルのエッセイ


by rurucafe

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さいきん

ほんと、人と暮らすということは楽しいがゆえに難しい。

他人に気を使うのが苦手。
他人から必要以上に気を使われている状態も苦手。
でも人から無視されるのは嫌だ。

今すごいすごいすごーい気持ち悪い。
ぐずぐず頭の中、心の中、気持ちの中が散らかってる。

どうすればいいんだよ。
誰か教えておくれ。
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by rurucafe | 2006-05-29 16:56

決意

明日から、住むところを変えて新しい生活をスタートさせる予定です。

数年前まではこの日がくることは予想してなかったです。
というか、数年前に確信していたものが、数年間で揺らぎに揺らぎ、そして思いもよらず確信が本物になりました。

ずいぶんとワタシも変わったなと思います。
その変化が必ずしもいい方向ではなかったことをこの前少しだけ知りました。でも自分にとっては良い日々を送ってきたのだと思えます。

新生活をスタートさせた7年前、ワタシはたぶん自分勝手で一番のわがまま者でした。でもきっとそれを含めて新生活をスタートさせてくれたのだと思っています。真実はわからないけれど、でもそれを信用していたからこそワタシは徐々に自分のエリアを広げて行きました。それが生活にとって一番いいと信じていたし、信じていなかったとしても、そうしなくてはいられなかった。自分が望んだわけではないのに、少し広げるとあとは勝手に広がって行った。それは今でも変わらない。
そして、3年半で破綻しました。
今でもどうして無くなってしまったのか、わからない。
そして、それから3年半。新境地で生活をしました。そこはラッキーにも自分を望んでくれていて、そういう環境が周りにありました。ワタシは居所を見つける事ができました。任せていけば、楽しく過ごせました。今思えば苦しいことや辛い事や、怒れることやつまらないこと、いろいろたーくさんあったのにそれをあまり思い出せないのだから、きっと総体的にはよかったのだと思います。
そして、新生活のパートナーとも実にいろんなことがありました。
いったんは別れたり、喧嘩みたいなことしたり、怒れたりいろいろ。でも今思うと、いつでも真剣でいてくれたのだとしみじみ感じるということは、きっといい加減なことは一つもなかったのだと思います。
これからもそれがよかったり、悪かったり、様々な面でまさに「耐え忍ぶ」ことも多かろうとお互いに感じるわけなのですが、これは未熟な関係を築いていく上での不可欠な作業だとしたら、それは受け入れようと思います。

ここまで来てしみじみ感じることは「まさに答えなどないのだろう」ということです。
ワタシのまわりの様々な形で暮らしているみなさま全員に幸多かろうことを祈るとともに、自分の答えは自分で出すしかない、パートナーとの関係は自分達で築いていくしかないことを胸にしっかりと置いて、人生の再スタートをきる所存です。
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by rurucafe | 2006-05-03 14:55

ひとつふたつ

久しぶりの同級生の集まりで、またやるせない話を聞いた。
何が正しいとか間違っているとかではなく、そんなことがあるのだという現実、これはどうしようもないけど、でもそんなもんかなと思ったりする。

前置きが長いけれど、中学3年の時の担任の先生を今も恨んでいる男の子の話。
ワタシの同級生であるのだけど、その担任の先生は同窓会を開くと必ず出席してくれ、ワタシは映画の楽しさなんかを教えてもらったとてもとても素敵な人なのですが、その男の子にとってはそうではなかったみたいなのだ。
その子は学校に来ない子だった。いわゆる不登校児。今でいう「引きこもり」。中学1年からその症状が出始めていて、2年3年はクラス替えがなくずっと同じメンバーでいくのだけど、その中にその男の子がいた。仮称)まなくん。まなくんは2年生始まっても学校に来なかった。その時に新しく赴任してきたS先生が、これではいかんと思ったのだろう、その子のところに通って時に厳しく指導しつつ、学校に来るよう説得した。部活動もしたほうがいいと言った。
その子はくるようになった。ひ弱な感じなので強い男の子たちにはからかわれたり、いろいろあるのはわかっていたけど、でも「いじめ」というよりは「かわいがってる」という感じのように見えた。
事実はわからない。人によって価値観が違ってくるのも当然のこと。

その子は少し前S先生宅に包丁を持って押し掛け、わーわーわめいたそうだ。警察も出動する騒ぎ。その子このブログを見るとなぜそんなふうになったのかが、よくわかった。その子は単純に言えば、自分を行きたくなかった学校に引っ張りだしたS先生のことをとても恨んでいた。そしてじゃれあっていたように見えた同級生のmotoくんのこともとてもとても恨んでいた。
それは恨みに満ちた、とても怖い文章だった。見ていてつらかった。
でも、みんなに聞いてもあの時から、今日読んだようなブログに書かれたことを思っているようには見えなかった。ワタシもそういう印象だった。
何かしら、負の作用が重なって過去のこと全てを恨むようになってしまった・・・としか思えなかった。記憶が違う方向に張り巡らされていて、その目線のままでインプットされている。

もちろん、事実はわからないし本当に彼はずっと恨みを持っていて、その感情を持て余せなくてブログなんかを始めたのかもしれない。でも当時のことをかなり後ろ向きに脚色しているであろうという感じは拭えない。

躁鬱の症状もあり、今はまた「引きこもり」のような生活をしているらしい。
事実をそのまま受けとめることはおそらく他人には不可能だし、本人でもわからないことはたくさんあると思う。でも何かこの文章には本当の意味での怨念があった。それ以上のもの、それ以外のまわりの人のことをあまり感じていない様子だった。
それが一番悲しかった。

ひょっとしてs先生に行き過ぎた指導があったのかもしれない。でもねぇ・・・いろんな選択や判断を他人のせいにするなんて、ひどいなと思う。
S先生にしたらかなりショックな出来事だと思う。
不登校から立ち直って、はい、終わりではなくいろんな子のこと心配しなくてはならない。

時間の偉大さにここ最近は感心しきりでしたが、こんなふうに変わってしまう子もいるのだと思うと、寂しい感じはした。

あんなふうに毎日机並べて、お昼ご飯一緒に食べて、ときに一緒に帰ったりする。そんな人が知らない間に変わっている。当たり前のことなんだけど、それをしみじみ考え時間の流れの大きさをまた改めて感じた1日だった。

S先生に平穏な日々を、motoくんにすばらしい想い出を。
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by rurucafe | 2006-05-01 02:15